大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和43年(ワ)1806号 判決

原告 片山キミ子

右訴訟代理人弁護士 西村洋

被告 小樽市

右代表者市長 稲垣祐

右訴訟代理人弁護士 宮沢純雄

主文

被告は原告に対し金六四万五、九六六円およびこれに対する昭和四二年一一月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は七分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、本件事故の発生

請求原因一(本件事故の発生)の事実は、原告の受けた傷害の内容の点を除きすべて当事者間に争がなく、≪証拠省略≫によると、原告が右背部打撲症、頸椎鞭打ち症、左股関節打撲の傷害を負い、昭和四二年一一月三〇日より同四三年八月一九日まで遠藤整形外科病院に入院し、以後三か月間通院して治療を受けたことが認められる。

二、被告の責任原因

請求原因二(被告の運行供用者たる地位)の事実は、当事者間に争がない。

三、自賠法三条但書に基づく免責の成否

被告は、本件事故はもっぱら片山の過失に起因し、村尾は無過失であった旨主張するので、まずこの点について判断する。

なるほど救急自動車が救急出動中は、その運行につき他の車輛に優先するのであるから、他の車輛の運転者が救急自動車の通行を妨げてならないことはいうまでもない。しかしながら、緊急自動車といえども、赤信号の場合など法令の規定により通常の車輛が停止しなければならない場合には他の交通に注意して徐行すべきものとされている(道路交通法三九条二項)。そしてとくに緊急自動車が赤信号の交差点を通過しようとする場合には、交差する道路を通行する自動車の運転者が自車の通行に対する青信号を信頼し、かつ、緊急自動車のサイレン・警告灯などに気付かずに(日中騒音の激しい交差点などにおいては、他の道路を通行中の自動車の運転者が緊急自動車を容易に発見できるとは限らない。)交差点に進入してくることが充分予想されるのであるから、安易に他車輛が救急自動車を避譲するものと期待して予測運転することは厳に慎しむべきであって、交差点進入に際しとくに左右の安全を充分に確認したうえで徐行すべき注意義務があるものと解すべきである。そこで、本件についてこれをみてみると、≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を認めることができる。

村尾は、救急自動車である被告車を運転して芦崎薫らと共に救急出動し、小樽市奥沢本通りを天神町方面から本件交差点に向いサイレンを吹鳴し赤色警告灯を点灯しながら、毎時約四〇キロメートルの速度で進行してきたが、本件交差点の約七〇メートル手前(南西)で毎時二〇キロメートルに減速し、同交差点の南西側横断歩道にさしかかった。そこで村尾は、前方の信号機が赤色を表示していたので、最徐行しながら自分では主に前方および左側方面を見、本件交差点中央部附近に小型トラック二台が停止しているだけであって安全であることを確認したものの、右側の札幌市方面は右地点からは建物の影となるため見通しが極めて悪いのに拘らず、芦崎が確認したとして安全である旨述べたのを軽信して、自らは同方面を瞥見したにとどまり、その後は右側方面の交通状況を充分に確認しないまま進行を続けて左折したため、折から札幌市方面より小樽駅方面(前記の左側方面)に向い、毎時約三〇キロメートルの速度で青信号に従って本件交差点に直進してきた片山運転の普通乗用自動車を発見できず、自車が左折を終了する直前に同交差点の北西側横断歩道附近で右乗用車の左前部扉に自車の右前部を衝突させた。

以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫そして、右事実によれば、被告車(救急車)の運転者村尾が赤信号の交差点に進入するに際し、前記のような左右の安全を確認すべき注意義務を怠った過失により本件事故が発生したことが認められ、被告の運転者無過失の主張は採用できない。したがって、被告の自賠法三条但書に基づく免責の抗弁は、その他の点について判断するまでもなく失当といわざるをえない。

四、損害

そこで、原告が本件事故によって被った損害について検討する。

(一)  得べかりし利益の喪失

≪証拠省略≫を総合すると、原告は華道の一級教授の資格を有し、本件事故当時三〇名以上の生徒に華道を教えて、一名当り八〇〇円ないし、一二〇〇円の月謝を受け、これによって一か月平均二万四、〇〇〇円以上の純収益をあげていたほか、原洋装店等の裁縫の賃仕事をして一か月平均約二万円の純収益を得ていたが、原告は本件事故により前記認定のとおり昭和四二年一一月三〇日から同四三年八月一九日まで入院加療を余儀なくされたため、前記収入をあげることができず、少くとも原告主張の合計三五万二、〇〇〇円の得べかりし収入を失ったことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  治療費等

原告が前記の期間入院および通院加療をうけたことは前記一の認定のとおりであるが、≪証拠省略≫によると、原告はその間に昭和四三年四月ないし一一月分の医療費として遠藤整形外科病院に対し自らその主張にかかる一二万六、五八八円を下廻らない金員の支払をなしたほか、医師の指示に基づき附添看護人を依頼し、昭和四二年一一月三〇日から同四三年一月二九日までの附添看護料として自ら一日当り一、〇〇〇円、合計六万一、〇〇〇円の出捐を余儀なくされ、同額の損害を被ったことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(三)  慰謝料

≪証拠省略≫によると、原告は本件事故当時健康であったが、本件事故によって前記のとおり約八か月半の入院、約三か月間の通院加療の生活を余儀なくされたことが認められるところ、他方≪証拠省略≫を総合すると、原告車の運転者は原告の息子にあたる片山公士であったところ、同人は本件事故当時原告車を運転して札幌市方面から小樽駅方面に向って国道五号線を進行中、本件交差点の約四、五〇メートル手前(南東)で同交差点の赤信号を認めて時速約三〇キロに減速したが、約三〇メートル手前で信号が青色に変ったのでそのまま直進しつづけたこと、その際本件交差点には前記認定のとおりサイレンを吹鳴し、警告灯を点灯した被告車(救急車)が原告車の進行左側(天神町方面)から徐行しながら進入してき、左折しつつあったにかかわらず、片山は青信号とはいえ、救急車のサイレンに傾聴し、警告灯に注目して、これを発見し、ひいては同車を避譲すべき注意義務があるのにこれを怠り、さらには充分な前方注視をも怠ったこと、同人の右過失が本件事故発生の一因をなしていたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫(なお、片山は被害者たる原告の息子であるとはいえ、いまだ原告と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるような関係にあると認めるに足りる証拠はないから、その過失をもって民法七二二条二項適用上の被害者側の過失とみるべきではないと考えるが、慰謝料算定にあたっては右のような近親者の過失をも斟酌するのが公平の理念に照らし妥当というべきである。)。そこで、以上の諸事実等を総合勘案すると、原告の本件事故による精神的苦痛に対する慰謝料は三〇万円が相当と認められる。

(四)  自賠責保険金の受領

原告が自賠責保険金五〇万円の支給をうけたことは当事者間に争がないところ、原告が右保険金のうち一九万三、六二二円を前記得べかりし利益の喪失による損害に、残額三〇万六、三七八円を本訴において請求していない治療費に、それぞれ弁済充当したことは、被告において、これを明らかに争わないのでこれを自白したものと見なすべきである。してみると、原告の得べかりし利益の喪失の残額は、一五万八、三七八円となる。

五、結論

以上判示のとおり、原告の請求のうち、得べかりし利益の喪失金一五万八、三七八円、治療費等金一八万七、五八八円および慰謝料三〇万円、合計金六四万五、九六六円の損害賠償ならびに右金員に対する本件不法行為の日の後である昭和四二年一一月二九日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める部分は、理由があるから、これを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤和夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例